タイトルにあるように「ブランディングデザイン会社がなぜ伝統工芸?」「なんでカエルがアイコンなの?」といった主旨の質問をよくいただくので、このエントリで「KAERU(カエル)|伝統工芸を人・お金が集まる産業へ」の制作過程についてまとめてみました。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
目次
伝統工芸業界を盛り上げたい
伝統工芸との出会い
私自身、昔から伝統工芸が好きだったわけでも、興味があったわけでも、家業だったわけでもありません。なんなら人より知識がなかったように思います。恥ずかしながら2年前の私は南部鉄器や江戸切子などの、国内に留まらず海外でも人気の高い品目の存在すら知りませんでした。そんな私が今や伝統工芸に惚れて、伝統工芸の魅力を発信する事業に携わっていることはとても不思議に思います。そんな実体験があるからこそ、伝統工芸は魅力溢れる業界だし、魅力が伝われば必ずファンは増えると確信しています。
職業柄ゆえアーティストさんやクリエイターさんとご一緒させていただく機会が多いのですが、そこで「伝統工芸」というワードを耳にする機会も少なくありませんでした。世界で活躍されている方々が口を揃えて絶賛する日本の伝統工芸とはなんぞやと、会話についていくために「伝統工芸 初心者」と検索したことを覚えています。そこから少しずつ伝統工芸にアンテナが向くようになりました。
何か劇的なきっかけがあったわけではなく、気づけば伝統工芸について検索する機会が増えていき、徐々に百貨店やアンテナショップで伝統工芸品を見つけると足を止めるようになっていました。
伝統工芸の魅力は何か?例えば、お椀としての機能は同じでも、大量生産されている手ごろな価格のお椀と、伝統工芸品のお椀では持つだけで違いを感じます。極端な話、職人さんのお話を聞く前と後ではお椀の重さが違うような気がしてきますし、購入して実際に食卓に並ぶとそれだけで食事への期待が高まります。
一言で伝統工芸品といえど、その時代の、その産地の、その人にしか作れない一点ものであることも魅力の一つです。同じ工房で代々受け継がれるマニュアルで作っても、突き詰めると手仕事の技術は”その人のもの”でしかなく、どこかに違いがあると思います。それも同じ時代を生きているから体験できる感覚であり、受け手(購入者)の想像力によって一段と価値が高まります。
この感覚は伝統工芸のコアコンピタンスというべきなのか、大量生産で作られた商品には決して真似できないものです。一方で真似できないからこそ、言語化することが難しく「感覚」に頼ってしまう点が伝統工芸業界の課題でもあるのかなとも。もちろん、言語化できない「感覚」が伝統工芸品を生み出しているとも言えるので、「感覚」に頼ることを否定しているわけではなく、「そこは言語化して伝えるべきところ」さえも受け取り手の感覚に期待している部分が少なからずあるのかなと感じています。
この「言語化して伝えるべきところ」を強化していけば、私のような新規の伝統工芸ファンが増えていくのではないかと考えるようになり、漠然と自社でも伝統工芸に携わりたいなと考えるようになっていきました。
伝統工芸の展示会に行ってみた
事業を始める前、実際に伝統工芸の展示会にも一般来客として参加してみました。そこでざっくりと「こういうこと考えててこんなことしてみたいんですよね〜」とお伝えすると好意的に迎え入れてくださり、直接職人さんとお話しさせていただく機会もいただきました。
当時の印象は、「なんとか続けてこれた」「なんとか伝統を守っていきたい」のように、「なんとか」というワードをネガティブな意味で使う職人さんや販売員の方が多いなと。
- 専門性が高く調達ルートや販売ルートが限定的であったこと
- 閉鎖的な業界であり積極的に外部交流が行われてこなかった
などの理由からか、課題があっても「自分たちでなんとかしなければ」という意識が強すぎる印象でした。
一方で、制作過程を丁寧に解説してくださったり、商品開発のエピソードや産地の歴史について詳しく教えてくださったりと、熱い気持ちをお持ちだなと。
そして、いろいろな方々からお話を聞いたり、現地を案内してもらったりと交流を通じて、私はどんどん伝統工芸へのファン熱が高まっていきました。そしてこの魅力を自分以外にも伝えたいと強く思うようになり、それこそThe FANの存在意義であるし伝統工芸の魅力がより多くの生活者に届けば、社会全体の効用も高めることができる(←The FANの事業理念)と感じたため伝統工芸に関する新規事業を立ち上げるという決断に至りました。
KAERUができるまで
ここからは伝統工芸に関する新規事業を立ち上げようと考えてから、実際にKAERUをスタートさせるまでをまとめてみました。
The FANだからできることを探す
生産者を除けば、伝統工芸に事業領域をもつプレイヤーはそれほど多くはありません。他社と同じような施策を行ってカニバリを起こすことは本意ではなく、あくまでも伝統工芸業界全体を盛り上げることをミッションとしているので単に「儲かる」事業ドメインではなく業界に必要だけどまだ手がついていない、またはまだまだ改善すべき点がある事業ドメインを探し、既存プレイヤーとの棲み分けを考えました。
棲み分けを考えるのは当たり前といえば当たり前な話で、300年続く業界のトップランナーである「中川政七商店」さん、後継者育成といえば「ニッポン手仕事図鑑」さんといったように、私たち以前に素敵な取り組みをされてる横綱と正面切って戦いを挑むのも無謀な話なわけで…
そこで私たちTheFANの事業ドメインは「ライトユーザー向けに、伝統工芸に興味を持ってもらえるコンテンツを提供する」に決めました。
詳しい情報を知りたい人や実際に商品の購入を検討している人ではなく、潜在層へのアプローチを通じて業界の認知度向上を図り裾野を広げたいとの考えからです。
業界と生活者の間に一つ新しい入り口を作るイメージが近いかなと思います。
まだまだ知識や経験が浅いからこそ生活者視点で業界を見ることができますし、それこそブランディングデザインの力が最大限発揮できるとも考えています。そうすることで結果的に他プレイヤーとの棲み分けも可能になり、関係者みんなで一緒に業界を盛り上げていきたいなと思っています。
コンセプトを決める
事業ドメインが決まったところで、次に「私たちは事業を通じて何がやりたいのか」を明確にするためにコンセプトを決めていきました。
私たちが事業を通じて達成したいことは次の3つです。
- ネガティブな「なんとか〜」を無くす
- 伝統工芸業界に興味をもつ・少し知識がある人を増やす
- 実際に伝統工芸品を購入してもらい生活で使う人を増やす
現在「なんとか」頑張っている職人さんが作っている工芸品の魅力を伝え、生活者に購入してもらい、工芸品と生活をともにしてほしい。そして魅力を感じた人々の口コミを通じてどんどん伝統工芸の輪が広がってほしい。そのためには発信者である私たちこそ「伝統あるものだから」「歴史あるものだから」「職人が手作業で作ってるから高価」といった漠然とした理解ではなく、もっとコアな部分に手を伸ばして理解を深めるべきだと思いました。そして、今あるもの、存在しているものを見直すことも重要で、これまで伝統工芸が歩んできた道を振り返る必要があるとも感じました。
「温故知新を通じて伝統工芸のコアの部分に手を伸ばす」これを事業を行う上でのコンセプト、施策に迷ったときの指針として設定しました。
コンセプトを視覚情報へと変換する
これでコンセプトが決まりました。
さて、これまでの思考過程をビジュアルに起こして事業の旗印にしていくフェーズに入っていきます。キーワードを整理しながら付随する情報を集めたり、可能な限り短いフレーズでイメージを言語化したりして方向性を決めていきます。
- ライトユーザーに心的ハードルを感じさせないビジュアルを作る
- 伝統工芸産業は最盛期から衰退しているが潮目が変わりつつある
- 温故知新
上記のフレーズを意匠に変換するためにもう少し解像度を高めると次のようになりました。
- 感情をもつキャラクターをベースにする
- 七転び八起きを体現している工芸品「ダルマ」を意匠に取り入れる
- 温故知新を具体的なアクションに起こすと「振り返る」「立ち返る」こと
ここまで整理できた段階でラフ制作に移ります。
振り返る、立ち返る、の”かえる”から「蛙」、伝統工芸品としての馴染みもある「達磨」を組み合わせた意匠を中心にイメージを作り上げていきました。最終的に2案が残りましたが、今後アイコンをモチーフにした工芸品を作りたいと考えていたので「キャラクター感が強い」という理由で現在の形を採用しました。名前はカエルくん。シンプルです笑
メディアサイト・SNSを通じた情報発信から始める
「品目名を聞いたときになんとなく形や産地が浮かぶ」人を増やしたいと考えていたので、まずはそんなメディアサイトを作って情報発信から始めようと考えました。いろんな人にカエルくんを通じて伝統工芸との接点を持ってほしいのでX(旧Twitter)@kaeru_kogeiも運営しています。(ぜひフォローしてください!)
一方でメディアサイトが果たせる役割には限界があるとも感じています。生活者が購入や就職など何かしらの決断に至るには、最後は「生産者本人の想いが伝わるか」が一番重要だと思うからです。いくら他者からオススメされても、やはり「本人の口から」伝わる情報に勝るものはありません。
10年前に作って商品だけが掲載されているホームページや、A4一枚の条件だけが載っている募集要綱を渡しただけでは心を動かされません。本人の想いを伝わる形にして、本人が伝える場が必要です。
メディアサイトの役割は生活者と業界の接点を作り出す集客を担い、産地組合や職人ご本人が運営する個別サイトや各工房への導線を作ること。そして生活者が流入した先の個別サイトや各工房で産地組合や職人さんの想いを発信してもらってこそ、伝統工芸のコンセンサスは高まっていくと考えています。
手前味噌にはなりますが、サイトを作りたい・リニューアルしたい・運営のサポートをして欲しいなどの要望があればお気軽にご相談ください!何をしたらいいかわからないなどのご相談でも構いません。喜んでお手伝いさせていただきますし、「KAERU(カエル)と一緒に何かやりたい」みたいなご提案もとても嬉しいです!
KAERU(カエル)の展望
これからやっていくこと
前節でも書いたように業界と生活者の間に一つ新しい入り口を作りたいです。メディアサイトを通じて集客をして、個別のサイトや現地の工房へと足を運んでもらう人を増やす。そして個別サイトや現地の工房へ来店された生活者に対して、生産者が想いを伝えるサポートをしたいです。
描く未来
社会全体における伝統工芸のコンセンサスが高まることで、業界に人が集まり、そしてお金が集まる、そんな未来を思い描いています。制作体験や現地購入が旅行の動機になったり、職人が憧れの対象となり、なりたい職業の候補に挙がることで「人とお金が業界に集まる」構図を実現させたいなと考えています。その頃には「なんとかギリギリ黒字です」や「なんとか後継者が見つかりました」のようなネガティブな「なんとか〜」の声を聞く機会がなくなっていればいいな…
最後に
これまで「伝統工芸」と大きく括ってきましたが、最後は「伝統的工芸品」に範囲を絞ってお話しします。
伝統的工芸品の指定要件には「日常で使えること」という項目があります。少し値段は張りますが経済的に許容できる範囲でまずは一つ伝統的工芸品を日常生活に取り入れてみてください。普段とは違い”大切”に使いたいという意識が芽生えるはずです。そして一つずつ生活の中に”大切を増やしていく”ことが持続可能な世界を作り出し、個人ができる最高のSDGsであると思っています。
読み返してみると、
「なぜブランディングデザイン会社が伝統工芸のメディアを運用しているの?」という質問に対しての答えになっているのか微妙な気もしてきましたが、「こんな背景があってこんな想いでKAERU(カエル)を運営してるんだな」と思ってくださると嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
そんなあなたと、ぜひ一緒に伝統工芸を盛り上げていきたいです!
ご連絡心よりお待ちしております。